内閣府の中央防災会議は2025年12月19日、首都直下地震の被害想定を12年ぶりに改定した。想定死者数は前回の約2.3万人から最大1万8000人へ減った一方、政府が掲げた「10年で半減」という目標には届かなかった。震度分布も一様に軽くなったわけではなく、一部地域ではむしろ想定震度が上がっている。「想定が軽くなった」で終わらせず、自社拠点の震度再確認とライフライン途絶への備えを見直す必要がある。
12年ぶりの被害想定改定、何が変わったか
首都直下地震の被害想定は2013年公表以来、実に12年ぶりの見直しとなった。この間の耐震化の進捗や防災対策の効果、近年の大規模地震の教訓を反映した結果であり、単純な数値更新ではなく前提条件そのものが変わっている点に注意がいる。改定の対象は複数の地震タイプにわたる。なかでも都心南部直下地震と大正関東地震タイプの被害想定は、首都圏に拠点を持つ企業のBCPへの影響が大きいとされる(内閣府による首都直下地震の被害想定)。
前回2013年の想定は東日本大震災の教訓を踏まえて策定されたものだった。今回はそこからさらに10年以上が経過し、木造住宅密集地域の解消や感震ブレーカーの普及、企業の防災投資の広がりといった変化を反映している。想定手法そのものも見直されており、単に古い数字を更新しただけでなく、どの震源モデルをどう重視するかという前提から変わっている点は、BCP担当者が押さえておくべき背景だ。
死者数は減ったが、半減目標には届かなかった
新想定での死者数は最大1万8000人で、内訳は火災による被害が約1万2000人、家屋倒壊や落下物などが約6000人となっている。これとは別に、避難生活の疲労やストレスによる災害関連死が1万6000人から4万1000人にのぼると新たに推計された点も見過ごせない。前回想定の約2万3000人から見ると約2割の減少だが、政府が基本計画で掲げていた「おおむね半減」という目標には届いていない(首都直下地震の死者1.8万人、半減目標に届かず)。
減少の主因は建物の耐震化率の向上だが、高齢化の進行と首都圏への人口流入という人口動態の変化が押し戻す方向に働いた。数字が下がったことをもって対策が十分だと判断するのは早計であり、災害関連死という新しい論点が加わったことをBCPの見直しに反映する必要がある。とくに災害関連死は、避難所の環境や医療・福祉体制といった行政の対応力に左右される部分が大きく、企業単独の備えだけでは減らしきれない性質を持つ。従業員やその家族が避難生活を送る想定まで踏み込んだ場合、平時からの備蓄や情報提供のあり方も見直しの対象になりうる。
全壊・焼失棟数は61万棟から40万棟へ、震度分布は一様に軽くなっていない
建物の全壊・焼失棟数は前回想定の約61万棟から約40万棟へと大きく減少した。耐震化の進捗により全壊が約6万3000棟、感震ブレーカー普及などの火災対策により焼失が約14万4000棟、それぞれ押し下げられた結果である。
ただし震度分布の変化は地域によって方向がまちまちだ。都心南部直下地震では豊島区や千葉市美浜区で新たに震度6強が想定される一方、大正関東地震タイプでは強震動生成域の設定見直しにより東京都心部や神奈川県東部で想定震度が下がった。逆に深谷断層帯を震源とする地震ではマグニチュードが6.9から7.6へ拡大され、震度6強の範囲が埼玉県北西部から群馬県南部にまで広がっている(「首都直下地震の被害想定」の見直しの概要)。全国平均の数字だけを見て「自社の拠点は大丈夫」と判断せず、拠点ごとの震度想定を個別に確認し直す必要がある。
経済被害83兆円、帰宅困難者は840万人規模に拡大
経済被害額は約83兆円と推計され、内訳は住宅・施設などの直接被害が45兆円、生産やサービスの低下による影響が37兆5000億円となっている。前回想定と比べると全体ではおよそ1割程度小さい数字だが、絶対額としては依然として国家予算に匹敵する規模だ。
一方で、帰宅困難者は新しい算定方法により約840万人と、前回より増加する結果になった。停電は被災直後で52%の地域に及び、1週間後でも2%が復旧しない見通しが示されている。通信についても固定電話・インターネットで被災直後51%が不通になると想定されており、初動から数日にわたって情報が取りにくい状態が続くことを前提にした計画が必要になる。
企業BCPが見直すべきポイント
被害想定の改定を受けて、企業のBCPで具体的に見直すべき論点を整理する。
| 見直し論点 | 背景となる想定変化 | 対応の方向性 |
|---|---|---|
| 拠点ごとの震度再確認 | 地域により想定震度が上下双方に変化 | 全国一律でなく個別拠点で耐震リスクを再点検 |
| 本社機能の分散・代替拠点 | 都心部の被害集中は解消していない | 首都圏外への代替オフィス確保を検討 |
| データ・通信の二重化 | 通信不通51%・停電長期化の想定 | 首都圏外データセンターの活用、回線の二重化 |
| 帰宅困難者対応 | 帰宅困難者想定が840万人規模に増加 | 従業員の待機スペース・備蓄の再点検 |
| サプライチェーン連携 | 拠点被災は自社だけの問題ではない | 複数仕入先・生産拠点の確保と業界内の訓練連携 |
震度が下がった地域では、対策の優先順位を下げてよい場合もある。逆に想定が引き上げられた地域や、通信・電力といった前回より厳しくなった想定については、既存のBCPを漫然と据え置かない方がよい。拠点単位で棚卸しをする価値がある。
被害想定の見直しは首都直下地震に限らず、南海トラフ地震のような他の巨大地震でも同様の論点を含んでいる(南海トラフ臨時情報で事業を止めるべきか)。また、拠点そのものの物理的な防護をどう考えるかは、経済安全保障の文脈での議論とも重なる(経済安全保障のサプライチェーン強靱化に2.56兆円、企業の拠点は誰が守るのか)。2026年に発生した熊本地震でも特定地域への生産拠点集中がサプライチェーン全体を止めた例があり(熊本地震が示した半導体サプライチェーンのリスク)、首都圏一極集中のリスクを見直す動機は複数の方向から重なりつつある。日本の防災・レジリエンス市場全体の広がりについては、業界動向の分析も参照してほしい(日本のシェルター・防災市場の規模と将来性)。
出典
--- SUP+30編集部(シェルター・防災・BCP領域の中立の業界解説を担当)/公開日: 2026-08-12
国土強靭化に関わる政策・制度・予算を、建設/不動産/施設運営の経営判断に使える形で読み解く編集チーム。

