BCP・防災実務

南海トラフ臨時情報で事業を止めるべきか 「可能な限り継続」を支える備えの考え方

「巨大地震注意の基本は可能な限り継続」という1主張を、国の方針→初運用の迷い→とどまれる備えの設計の3層で底まで掘る

WiZNAVI 編集部BCP・防災実務 担当
2026.06.29READ 6 min
都市のビジネス街と空(南海トラフ臨時情報下の企業の事業継続)

南海トラフ臨時情報で事業を止めるべきか 「可能な限り継続」を支える備えの考え方

南海トラフ臨時情報が出たとき、操業を止めるか続けるかで迷う企業はおおい。この記事は経営者とBCP担当の方に向けて、国がしめす基本方針と、止めずに従業員をまもるための備えの設計を順に見ていく。結論を先に言う。巨大地震注意の基本は「可能なかぎり事業を継続」であり、過剰に止めることは求められていない。だからこそ、平時に「その場で安全にとどまれる備え」をもっておくことが、継続と安全の両立をささえる。

国の方針は「止める」ではなく「可能なかぎり続ける」

まず押さえたいのは、臨時情報がひとつの操業停止や避難命令ではない、という点だ。

内閣府のガイドラインは、事業者の基本姿勢をこう置く。地域や利用者などの安全確保と、社会経済活動の継続。この2つのバランスをかんがえ、自らの行動を自ら判断する、というものだ。巨大地震注意のときの対応は、日ごろの備えの再確認が中心になる。注意が出たから全社で操業を止める、という発想は方針と合わない。

国はこの姿勢を、令和7年8月の改訂でさらにはっきりさせた。ガイドラインの章立てを共通編・地方公共団体編・事業者編に組みなおし、事業者むけの検討手順を独立させたのだ。令和6年8月の初運用で各地に対応のばらつきが出たことを受けた見直しで、対応事例集も巻末に組みこまれた。企業が読んで動けるよう、国は手順を整理してきている。

判断を会社にゆだねる、という建てつけは重い。指示を待っていても答えは来ない。だから国は「臨時情報が出たときの対応は、あらかじめ決めておく」ことがきわめて有効だとする。何を続け、誰をどうまもるか。その物差しを平時にもつ企業だけが、情報が出た日に落ちついて動ける。

初運用で企業がまよったのは「判断の物差し」がなかったから

方針が「自ら判断」である以上、判断の軸をもたない会社はまよう。これは2024年の初運用ではっきりした。

2024年8月8日、日向灘でM7クラスの地震がおき、運用開始後はじめて巨大地震注意が発表された。呼びかけは8月15日に終わっている。この1週間、現場では「何をどこまですればよいか分からない」「イベントを中止すべきか」という声があいついだ。対応の手順が未整備のまま、判断をせまられた企業がめだった。

物差しがないと、対応は両極にふれる。ひとつは、念のためと全面的に操業を止める動きだ。これは過剰な停止で、売上も信頼もけずる。逆に、何もせず無防備に続ける動きもある。従業員の安全が宙に浮く。住民をたいしょうにした調査では、約8割が情報を認知し、7割超が不安をかんじた。それでも家具の固定のような具体的な行動には結びつかなかった、という分析もある。知っていても動けない。判断の軸がないとは、そういう状態をさす。

判断の軸とは、抽象的な心がまえのことではない。ガイドラインは事業継続の措置として、出社できない従業員の把握、必要な人員の再配置、代替の人員や取引先の確保を、情報発表後の1週間を基本にすすめるよう求める。誰が出社でき、誰の代わりをどう立てるか。ここを平時に決めておけば、注意が出た朝に慌てずにすむ。

止めずにまもる鍵は「とどまれる備え」を平時にもつこと

では「可能なかぎり継続」を、どうすれば安全になりたたせられるのか。鍵は、従業員がその場にとどまってもまもられる物理的な条件だ。

ガイドラインは事業者に、什器の固定、備蓄、施設の点検、従業員の安全確保を求めている。これらは「すぐ逃げる」ことを前提にした備えではない。「とどまって耐える」ことを前提にした備えだ。逃がすことばかりかんがえると、逃げ場のすくない都市では行き場をうしなう。発想を変えたい。安全にとどまれる場所を、社内にあらかじめ用意しておく。

具体的には3つを平時の設計に織りこむ。従業員が待機できる空間、建物そのものの防護、そして数日分の備蓄だ。待機できる空間とは、揺れと停電のなかでも人が安全にすごせる区画をさす。建物の防護は、倒壊や設備の落下から人を守る土台になる。備蓄は、すぐに帰せない人をその場でつなぐ。3つはばらばらの設備ではなく、ひとつの「とどまれる状態」をつくる組みあわせだ。これらはBCP投資として、操業の継続と安全配慮の両方を同時にみたす。区分ごとに、止める判断ととどまる備えがどう対応するかを次の表にまとめた。

区分操業の基本方針平時にもつ「とどまれる備え」
巨大地震注意(一部割れ)可能なかぎり事業を継続備蓄・待機できる空間・建物の防護
巨大地震警戒(半割れ)避難が必要な人を除き継続同じ備え+避難の優先順位を事前に決める

表のとおり、注意でも警戒でも、とどまれる備えは共通して効く。区分で変わるのは、誰を先に逃がすかという優先順位の置きかただ。警戒では、避難が間にあわない地域の人が1週間の事前避難にうつる。だから誰を先に動かすかの線引きがいる。一方で備えの土台は、どちらの区分でも平時に作るしかない。情報が出てから設備を整えることはできない。

あらかじめ決めておく、が経営の仕事になる

臨時情報への対応は、止めるか続けるかの二者択一ではない。続けることを基本に、続けても従業員がまもられる条件を平時にととのえる。これが国の方針にそった現実的な答えになる。

その条件づくりは、情報が出た日には間にあわない。待機できる空間や建物の防護は、平時の投資判断でしかもてないからだ。決めておく企業から、止めずにまもる力がついていく。臨時情報を「いつか来る通知」とみなして放っておくのか。それとも備えの設計を見なおす合図と受けとるのか。SUP+30 編集部は、後者の姿勢こそが事業継続のちがいを生むとかんがえている。

出典

  • 内閣府 南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン(検討ガイドライン概要): https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/gaiyou_guideline.pdf
  • 内閣府 同ガイドライン 改訂概要(令和7年8月): https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/kaiteigaiyou.pdf
  • 気象庁 南海トラフ地震臨時情報について: https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jishin/nteq/bosai.html
  • ニュートン・コンサルティング 南海トラフ地震臨時情報(初運用の観察): https://www.newton-consulting.co.jp/bcmnavi/glossary/nankai_rinji.html
  • 東京海上ディーアール(臨時情報への企業対応): https://www.tokio-dr.jp/publication/column/141.html
  • 三菱総合研究所(住民の受け止めに関する分析): https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/20250528.html
WiZNAVI 編集部
BCP・防災実務 担当

国土強靭化に関わる政策・制度・予算を、建設/不動産/施設運営の経営判断に使える形で読み解く編集チーム。

強靭化・防災の動きを、見逃さない。

政策・補助金・市場・防災実務を、経営判断に使える形で。ご相談・取材のご依頼、最新記事はこちらから。