気候変動による災害の多発と、南海トラフ・首都直下地震への備えを背景に、いま静かに伸びているのが「防災食品・非常用備蓄」の市場です。情報システムや電源といったインフラ系の防災市場が注目される一方で、食料・水・簡易トイレといった「モノとしての備蓄」も、入れ替え需要や企業の備蓄努力義務に支えられて着実に拡大しています。本記事では、矢野経済研究所・富士経済グループの調査データをもとに、防災食品市場の規模感・成長要因・大口需要家(官公庁/民間企業/医療・介護施設)・そして賞味期限による入れ替え需要という独自の構造を整理し、建設・不動産・防災関連事業者にとっての参入余地を解説します。
1|防災食品市場の現在地 — 2024年は261億円、前年比2割増へ
1-1 富士経済調査が示す最新の市場規模
富士経済グループが2024年11月に発表した調査によると、2024年の国内防災食品市場は261億円(2023年比+21.4%)の見込みとされています。これは2018年以来の二桁成長で、能登半島地震・日向灘地震といった大規模地震の発生と、南海トラフ地震臨時情報の発表によって、自治体・企業・施設の備蓄需要が一気に高まったことが背景にあります。なお、この調査が対象とするのは備蓄を想定した3年以上保存できる防災食品9品目であり、日常食の延長ではなく「備える専用」の食品市場である点に注意が必要です。
| 項目 | 内容(富士経済 2024年調査) |
|---|---|
| 2024年 市場規模(見込) | 261億円 |
| 前年比 | +21.4%(2018年以来の二桁増) |
| 2020年 市場規模 | 224億円 |
| 調査対象 | 3年以上保存できる防災食品 9品目 |
| 需要急増の要因 | 能登半島地震・日向灘地震・南海トラフ地震臨時情報 |
※出典:富士経済グループ「防災食品の国内市場を調査」(2024年11月21日発表)リンク/日本経済新聞「富士経済、防災食品の国内市場の調査結果を発表」2024年11月リンク
1-2 調査会社で異なる「数え方」を正しく読む
市場規模の数字は、調査会社・調査年・対象とする品目の範囲によって変わります。富士経済とは別に、矢野経済研究所も防災食品市場を継続調査しています。矢野経済研究所の2022年版調査(2021年度調査時点)では、2020年度の市場を258億5,400万円、2021年度を前年度比121.0%の312億8,300万円の見込みとしていました。富士経済の261億円(2024年)と矢野の312億円(2021年度見込)は、調査主体も対象品目の定義も異なるため単純比較はできません。市場規模を語るときは、必ず「どこの・何年版調査で・どの年度の数字か」をセットで確認することが重要です。
※出典:矢野経済研究所「2022年版 災害大国日本で注目集める防災食品市場の現状と展望」(2022年3月発表、2021年度調査)リンク
2|成長を牽引する3つの要因 — 災害・義務化・入れ替え
2-1 災害多発が「備える」を常態化させた
市場拡大の最大の駆動力は、やはり災害そのものです。富士経済の調査でも、2024年の急増は能登半島地震(1月)・日向灘地震(8月)と、それに伴う南海トラフ地震臨時情報の発表が直接の引き金になったと分析されています。大きな地震が報じられるたびに、自治体・企業・家庭の備蓄意識が高まり、まとまった需要が発生する構造です。
2-2 賞味期限による「入れ替え需要」という独自構造
ローリングストック(用語解説)
日常的に食べながら買い足し、常に一定量の備蓄を保つ備え方です。賞味期限切れによる廃棄を防ぎつつ、いざという時に十分な量を確保できます。防災食品の多くは賞味期限が3〜5年に設定されており、期限が来るたびに買い替え(入れ替え)が発生します。これが防災食品市場に、一度買えば終わりではない継続的・反復的な需要を生み出しています。
矢野経済研究所の調査でも、2021年度に市場が大きく伸びた一因として、東日本大震災から10年の節目で防災特集が相次ぎ、5年の賞味期限を持つ商品が2回目の入れ替え時期を迎えたことが指摘されています。災害の有無にかかわらず、過去に備蓄した分が期限切れを迎えるたびに需要が回ってくる——この入れ替えサイクルこそ、防災食品市場の安定性を支える独自の構造です。
※出典:矢野経済研究所「2022年版 災害大国日本で注目集める防災食品市場の現状と展望」(2022年3月発表)リンク
2-3 義務・努力義務という制度的な後押し
3つ目の要因が、制度による備蓄の後押しです。東京都帰宅困難者対策条例(平成24年制定・平成25年4月施行)は、災害発生から3日間は従業員が施設にとどまれるよう、事業者に従業員1人あたり3日分(飲料水9リットル・食料9食)の備蓄を努力義務として求めています。罰則はないものの、企業の備蓄が定着する大きなきっかけとなりました。
さらに2024年4月からは、介護施設のBCP(事業継続計画)策定が義務化されました(令和3年度介護報酬改定で決定、未策定は介護報酬の減算対象)。BCPには非常時に向けた最低3日分の食料・水・医薬品の確保が含まれるため、医療・介護分野の備蓄需要を底上げしています。富士経済も、介護施設・老人ホームのBCP義務化による駆け込み需要を市場拡大要因の一つに挙げています。
※出典:東京都防災ホームページ「東京都帰宅困難者対策条例」リンク/厚生労働省 介護施設等におけるBCP策定義務化(令和3年度介護報酬改定、2024年4月施行)リンク
3|大口需要家の構造 — 業務用が市場の約7割
3-1 自治体・企業・医療介護が市場を支える
防災食品市場は、一般家庭向けよりも業務用(大口需要家向け)が市場の約7割を占めます(富士経済調査)。需要家の中核は、自治体(官公庁)・民間企業・介護施設や老人ホームといった医療・介護分野です。家庭用はネット通販を中心に新規備蓄が広がっているものの、市場規模で見れば業務用の比重が圧倒的に大きいのが特徴です。
| 需要家区分 | 主な性格 | 備蓄の動機 |
|---|---|---|
| 自治体(官公庁) | 住民・避難者向けの公的備蓄 | 地域防災計画・避難所運営 |
| 民間企業 | 従業員・帰宅困難者向け | 帰宅困難者対策条例・BCP |
| 医療・介護施設 | 入所者・職員向け | BCP策定義務(2024年4月〜) |
| 一般家庭 | 家族向けの自助備蓄 | ローリングストック・通販購入 |
※出典:富士経済グループ「防災食品の国内市場を調査」(2024年11月21日発表)リンク
3-2 災害対策の実施率はまだ伸びしろがある
矢野経済研究所が151法人を対象に行ったアンケートでは、災害対策の実施率は民間企業88.2%・自治体82.0%・病院・施設(特養・老健)68.0%でした。民間企業・自治体は高水準に達している一方、病院・施設はまだ7割弱にとどまっており、特に医療・介護分野には今後の備蓄拡大余地が残されています。BCP義務化はこの未対応層を動かす制度的な追い風になります。
※出典:矢野経済研究所「2022年版 災害大国日本で注目集める防災食品市場の現状と展望」(2022年3月発表、151法人アンケート)リンク
4|市場の課題 — 入れ替えの手間と「備蓄したまま忘れる」問題
4-1 期限管理という運用コスト
防災食品市場の成長を支える「入れ替え需要」は、需要家側から見れば賞味期限管理という継続的な運用負担でもあります。大量に備蓄した食料・水の期限を把握し、切れる前に消費・更新する仕組みがなければ、いざという時に「期限切れで食べられない」という事態が起こります。自治体や大企業ほど備蓄量が大きく、この管理は無視できないコストになります。
4-2 ローリングストックの定着が次のテーマ
この章の要点
- 防災食品は「一度買えば終わり」ではなく、3〜5年ごとの入れ替えが前提
- 大口需要家ほど期限管理の運用負担が大きく、廃棄ロスのリスクもある
- 日常で消費しながら補充するローリングストックの仕組み化が、家庭・企業双方の次の課題
家庭・企業を問わず、特別な「非常食」を別管理するのではなく、日常の食事に組み込みながら回していくローリングストックの考え方が広がりつつあります。期限管理の負担を減らし、廃棄ロスを抑えながら備蓄水準を保つ運用の仕組み化が、市場の次の成長テーマといえます。
5|建設・不動産・防災事業者にとっての参入余地
5-1 「食」単体ではなく備蓄ソリューションとして
防災食品市場は食品メーカーの領域に見えますが、建設・不動産・防災関連事業者にとっても接点があります。ビル・マンション・施設の防災対応を担う事業者にとって、食料・水・簡易トイレといった備蓄は、避難スペースや備蓄倉庫の設計、BCP策定支援とセットで提案できる領域だからです。
| 領域 | 具体的な参入余地 | 関連事業者 |
|---|---|---|
| 備蓄スペースの設計・施工 | 備蓄倉庫・防災備蓄庫の確保と動線設計 | 建設・設計事務所 |
| マンション・ビルの防災対応 | 共用部の備蓄・帰宅困難者向け一時滞在対応 | 不動産・管理会社 |
| BCP・備蓄計画の支援 | 企業・施設の備蓄量算定と更新計画 | 防災コンサル |
| 期限管理ソリューション | 備蓄の在庫・賞味期限の見える化と入れ替え運用 | 防災・IT事業者 |
5-2 義務化・条例対応をきっかけにした提案
制度対応は提案の入口になる
帰宅困難者対策条例(従業員3日分の備蓄)や介護施設のBCP義務化は、企業・施設が「やらなければならない」テーマです。こうした制度対応を入口に、備蓄品の選定・配置から期限管理までを一体で支援できれば、単発の物販ではなく継続的な関係につながります。入れ替え需要が反復する市場だからこそ、運用まで伴走する事業者に優位性があります。
南海トラフ・首都直下地震への社会的な備えが続くかぎり、防災食品・備蓄市場の需要は途切れにくいと考えられます。食品メーカー任せにせず、防災・建設・不動産の各事業者が「備蓄を含む防災ソリューション」として提案する視点が、今後の参入余地を広げます。
まとめ
この記事のポイント
- 国内防災食品市場は2024年に261億円・前年比+21.4%の見込み(富士経済、対象は3年以上保存の9品目)。矢野経済研究所の2022年版調査では2021年度312億円見込みとされたが、調査主体・定義が異なり単純比較は不可
- 成長を牽引するのは「災害多発」「賞味期限による入れ替え需要」「条例・BCP義務化」の3要因
- 市場は業務用(自治体・企業・医療介護)が約7割。介護施設は2024年4月のBCP義務化で備蓄需要が底上げ
- 課題は賞味期限管理という運用負担。日常消費しながら補充するローリングストックの仕組み化が次のテーマ
- 建設・不動産・防災事業者には、備蓄スペース設計・条例/BCP対応・期限管理まで一体で伴走する参入余地がある
WiZNAVIでは、防災食品・備蓄市場の最新調査や、企業・施設の備蓄義務にまつわる制度動向についても随時お伝えしていきます。
WiZNAVI 編集部
国土強靱化・防災ビジネスに特化した専門メディア「WiZNAVI」の編集チーム。政策動向、市場分析、補助金情報、導入事例など、ビジネスパーソンの意思決定に役立つ情報を配信しています。