シェルターの普及が進んだ国に共通するのは、危機感の強さではない。法律による設置の義務づけと、平時にも使えるデュアルユース設計という、2つの制度設計だ。日本は長らくこの2つを欠いていたが、2026年3月の政府方針でようやく転換点を迎えた。海外の制度を一望すると、日本の次の一手が見えてくる。
国ごとに見る「普及の起点」
制度の起点・現在の普及状況・平時の使い方を国別に整理すると、義務化の時期とデュアルユース設計の有無が普及度を分けていることが分かる。
| 国 | 制度の起点 | 現在の状況 | 平時の使い方 |
|---|---|---|---|
| スイス | 連邦規則(1963年以降) | 約37万施設・約900万席・カバー率100%超 | 倉庫・ワインセラー |
| イスラエル | 1992〜93年 新築義務化 | 296万戸中56%が未設置(2024年末) | 寝室・書斎 |
| フィンランド | 一定規模建物へ義務化 | 約50,500施設・収容約480万人 | スポーツ施設・地下鉄駅・駐車場 |
| ドイツ | 冷戦期整備・近年立て直し中 | 579施設・約48万人分 | 整備計画段階 |
| 日本 | 2026年3月 閣議決定 | 2030年度目標 全住民カバーへ | これから具体化 |
スイス 連邦の規則と1963年以降続く整備
スイスは連邦政府の規則に基づき、シェルターの確保を各地域に求めてきた。制度は1963年以降続いている(出典: swissinfo.ch https://www.swissinfo.ch/eng/business/switzerland-wants-to-phase-out-need-for-bunkers-in-private-homes/48470782 )。スイス連邦市民保護庁(BABS)によると、2024年11月時点で全国の官民シェルターは約37万施設・約900万席にのぼる。人口に対するカバー率は100%を超えるという(出典: BABS公式 https://www.babs.admin.ch/en/shelters-for-the-population )。平時は倉庫やワインセラーとして使われている。シェルターを「非常時専用の空間」として遊ばせない発想が徹底している。BABSは連邦当局がシェルターに関する規則を定める立場にあると説明しており、整備を個々の建物任せにしない仕組みが、60年以上にわたる継続的な整備を支えてきた(出典: BABS公式 同上)。人口を上回るカバー率という数字は、一朝一夕に積み上がったものではなく、長期の継続整備の結果である。
イスラエル 新築は義務化、既存住宅にはまだ届いていない
イスラエルは1992〜1993年までに、新築住戸への耐爆シェルター室「mamad」の設置を義務化した(出典: The Jerusalem Post https://www.jpost.com/business-and-innovation/energy-and-infrastructure/article-899077 )。厚いコンクリート壁と鋼製ドア、独立した換気を備え、平時は寝室や書斎として使うデュアルユース設計だ。ただし義務化は新築が対象にとどまる。イスラエル建設業協会の2025〜2026年版報告によれば、2024年末時点で住宅は約296万戸ある。そのうち56%、約167万戸がいまだ個人用の保護スペースを持たない(出典: The Jerusalem Post 同上)。「制度があれば即座に行き渡る」わけではない。既存建物への浸透には長い年月がかかることを、イスラエルの実例は示している。
フィンランドとドイツ 平時活用と急速な立て直し
フィンランドは一定規模以上の建物にシェルター設置を義務づけている。約50,500施設・収容約480万人という、人口の大半をカバーする体制を築いている(出典: フィンランド政府 https://valtioneuvosto.fi/en/-/1410869/finland-has-civil-defence-shelters-for-about-4.8-million-people )。施設の約85%は1971年以降の建設だ。平時はスポーツ施設や地下鉄駅、駐車場として使われている。
ドイツは対照的に、冷戦期に整備した579施設・約48万人分の体制にとどまっていた。安全保障環境の変化を受け、2029年までに100億ユーロを投じる立て直し計画を進めている(出典: Global Banking & Finance Review https://www.globalbankingandfinance.com/german-government-allocate-10-billion-euros-boost-civil/ )。長く手つかずだった体制を、短期間に大きく積み増そうとする局面にある。
日本 2026年3月、方針転換の入口
日本は長らくシェルターの設置を義務づける法律を持たず、都市部の空間制約とコストが普及の壁になってきた。海外の普及国が法律という「土台」から広げたのに対し、日本はこの土台自体を欠いたまま、個々の建物・個人の判断に整備を委ねてきたとも言える。転機は2026年3月31日の閣議決定だ。政府はミサイル攻撃等を想定した「緊急一時避難施設」について、2030年度までに市区町村単位で全住民を収容できる数を確保する目標を掲げた(出典: 時事通信 https://www.jiji.com/jc/article?k=2026033100386&g=pol )。海外の普及国が歩んだ「義務化」の入口に、日本もようやく足をかけた形だ。この政府方針が業界にとって何を意味するかは、方針決定の含意を分析した記事で扱っている。関連記事: シェルター確保の基本方針は業界に何を意味するか。
標準づくりという次の一手
ここまで見てきたとおり、海外の普及を実装面で支えたのは、法律による義務化に加え、平時に使える設計を当たり前にする発想だった。スイスの倉庫転用、フィンランドのスポーツ施設転用は、いずれも「シェルター=非常時専用」という前提を外したところから広がっている。日本が2026年3月の方針転換を実際の普及につなげるには、面積や性能をどう標準化し、平時の使い道をどう組み込むかという、制度の中身の設計がこれからの課題になる。国内でも、事業継続の観点からシェルターへの投資を検討する動きが出てきており、標準づくりの議論はそうした投資判断の土台にもなる。関連記事: BCP投資としてのシェルター 国の新方針と容積率緩和が示す「動き時」。
出典・更新履歴
本文の数値は複数の一次情報を確認のうえ執筆した。参照先はスイス連邦市民保護庁(BABS)公式サイト、swissinfo.ch、The Jerusalem Post、フィンランド政府公式発表の4つ。加えてGlobal Banking & Finance Review、時事通信も参照した。各URLは本文中に記載のとおり。公開日: 2026年7月18日。
国土強靭化に関わる政策・制度・予算を、建設/不動産/施設運営の経営判断に使える形で読み解く編集チーム。


