損保データとAI・デジタルツインによる災害リスク可視化を象徴するデータダッシュボードのイメージ
トレンド

損保×AI×デジタルツインが拓く「災害リスクの可視化」最前線 2026 — 防災ダッシュボードとシミュレーション減災

2026年6月15日7分で読了

衛星・ドローン・データ連携基盤——防災テクノロジーの主役は年々入れ替わってきた。2026年に存在感を増しているのは、損害保険会社が持つ膨大な事故・契約データを、AIとデジタルツイン(現実空間を仮想空間に再現する技術)でつなぎ、災害リスクを「地図とダッシュボードで可視化」する民間サービスだ。床上何cmの浸水が、どの建物に、何時間後に及ぶのか——保険金支払いのために蓄積されてきたデータが、いまや自治体や企業の事前防災・初動判断を支える基盤に変わりつつある。本記事は、政府プラットフォームや衛星ではなく、損保発のAIリスク可視化/デジタルツインという潮流に焦点を当て、建設・不動産・施設管理にとってのビジネスインパクトを整理する。

データ分析とリスク可視化のダッシュボードを象徴するイメージ

1|なぜ「損害保険×AI」が防災の最前線なのか

世界の災害損失は2024年に過去級、データの出し手が動いた

背景には、災害損失の急拡大がある。ドイツの再保険大手ミュンヘン再保険(Munich Re)によれば、2024年の世界の自然災害による経済損失は約3,200億米ドルに達し、前年(インフレ調整後で約2,680億米ドル)を大きく上回った。うち保険でカバーされた損失は約1,400億米ドルで、損失の93%(保険損失では97%)を台風・豪雨・洪水などの気象災害が占めた。

※出典:Clean Energy Wire「Global losses from natural disasters reached 320 billion U.S. dollars in 2024」(2025年1月10日/Munich Re推計)リンク

「払う」立場だからこそ持つ、被害推定のデータと動機

損害保険会社は、過去の災害でどの地域のどんな建物にいくらの被害が出たかという事故・契約データを膨大に蓄積している。災害が増えれば保険金支払いも膨らむため、被害を事前に減らす(減災)こと自体が事業上の合理性を持つ。この「データ」と「動機」がそろっているのが、損保が防災テックの担い手として前面に出てきた理由だ。蓄積データをAIに学習させ、デジタルツイン上で被害を試算する——それが2026年のリスク可視化の中核になっている。

用語解説:デジタルツイン
現実の都市・建物・地形をコンピューター上に「双子(ツイン)」として再現し、そこで浸水や地震をシミュレーションする技術。実際に被害が出る前に、仮想空間で「どこがどれだけ危ないか」を試算できる。

2|三井住友海上「防災ダッシュボード」— 自治体向けリスク可視化の代表例

事前予測・リアルタイム・発災後推定を一画面に

損保発リスク可視化の代表が、三井住友海上火災保険とMS&ADインターリスク総研が提供する自治体向けWEBサービス「防災ダッシュボード」だ。2022年に提供を開始し、災害リスクの事前予測・リアルタイム可視化・発災後の被害推定を一つのダッシュボード上に表示することで、地域の防災・減災を支援する。風水害・土砂災害・地震・台風に対応する。

AI技術には、東京大学やJAXA(宇宙航空研究開発機構)との産学連携で開発した手法を採用。地震観測データや全国の資産データに加え、損害保険の事故・契約情報をAIに学習させることで、高精度の被害推定を可能にしている。

※出典:Business Insider Japan「なぜ、保険会社が防災支援を?AIを活用した“防災ソリューション”のイマ」(2024年3月29日)リンク

地震は発生10分後、水害は30時間先まで

同サービスの特徴は、可視化のスピードと先読みにある。地震は発生から約10分後に、建物の全損・半損・一部損の推定件数をエリアごとに可視化。水害は30時間先のリスク予測が可能で、気象庁の警報(3〜6時間前)よりも早い段階で備えに動ける。水害では国土地理院が公表する浸水範囲に独自の推定手法を組み合わせ、床上何cmといった浸水深別の被害件数を地域ごとに算出する。

項目内容
提供主体三井住友海上火災保険/MS&ADインターリスク総研
提供開始2022年
対象自治体向けWEBサービス
対応災害風水害・土砂災害・地震・台風
地震被害推定発生から約10分後に全損/半損/一部損をエリア可視化
水害予測30時間先のリスク予測(気象庁警報は3〜6時間前)

※出典:Business Insider Japan「なぜ、保険会社が防災支援を?AIを活用した“防災ソリューション”のイマ」(2024年3月29日)リンク

能登半島地震では実被害に近い推定を実証

精度は実災害でも確認されている。2024年1月の能登半島地震では、石川県輪島市の建物被害を1月2日時点で約8,700棟と推定し、これは3月12日時点の実被害報告 約7,700棟に近い水準だった。発災直後の限られた情報下で全体像をつかむ支援ツールとしての有効性を示した形だ。なお同サービスは、第40回「IT賞(社会課題解決領域)」(2022年度、公益社団法人企業情報化協会主催)を受賞している。5分ごとに500MB規模のデータを低タイムラグで処理するリアルタイム性が評価された。

※出典:Business Insider Japan(2024年3月29日)リンク/国際航業 Mapboxブログ「三井住友海上様の『防災ダッシュボード』が第40回『IT賞(社会課題解決領域)』受賞」リンク

地図とデータを重ね合わせた被害可視化のイメージ

3|あいおいニッセイ同和「cmap」と東京海上の損害査定AI

cmap — 全建物を保険対象と仮定したリアルタイム被害予測

同じMS&ADグループのあいおいニッセイ同和損害保険は、リアルタイム被害予測ウェブサイト・アプリ「cmap(シーマップ)」を一般向けに無料公開している。台風・豪雨・地震による被災建物数を予測し、市区町村ごとに被災建物数や被災件数率を地図上で表示する。台風は上陸前から最大7日先まで予測し、豪雨・地震は被災直後から予測する。

予測ロジックは損保ならではで、日本中すべての建物が火災保険・地震保険に加入していると仮定して、保険金支払い対象になり得る件数をカウントする。さらにJX通信社のAIで災害関連のSNS情報を解析し、フェイクを除去したうえでリアルタイム配信する機能も備える。

※出典:あいおいニッセイ同和損害保険「リアルタイム被害予測ウェブサイト・アプリcmap」リンク

東京海上 — ドローン・衛星画像×AIで損害査定を自動化

発災後の「迅速な復旧」を支える動きも進む。東京海上日動火災保険は、2019年6月からドローンで撮影した画像をAIで解析し、損害調査から修理費の算出までを自動化する取り組みを開始。さらに令和2年7月豪雨では、人工衛星画像とAIを活用した水災の被害推定を本格運用し、被害の大きいエリアや浸水高を推定して査定担当者の配置検討などに役立てている。損保ジャパンも、人手で行っていた引受判断のルールをAIに学習させ、処理時間を従来の約2か月から2〜3時間に短縮するなど、業界全体でAI実装が広がっている。

サービス/取り組み提供主体主な内容
防災ダッシュボード三井住友海上/MS&ADインターリスク総研自治体向け事前予測・被害推定の可視化
cmapあいおいニッセイ同和損保(MS&ADグループ)/JX通信社一般公開のリアルタイム被災建物数予測
ドローン・衛星×AI査定東京海上日動損害調査・水災被害推定の自動化
AI引受損保ジャパン引受判断の高速化(約2か月→2〜3時間)

※出典:日本経済新聞「東京海上日動、ドローンとAIを活用した保険金支払いに関する取組みを開始」(2019年6月)リンク/東洋経済オンライン「損保ジャパン、東京海上…AIで進化する『保険業務』」リンク

4|デジタルツインが精密化させる「被害想定」

建物単位で浸水深・流速を再現するシミュレーション

損保のデータ可視化と並んで進むのが、3D都市モデルを使ったデジタルツイン上の被害シミュレーションだ。国土交通省のProject PLATEAU(プラトー)では、愛知県岡崎市の矢作川流域を対象に、5m・2.5mメッシュという高解像度で浸水シミュレーションを実施(2023年1〜2月)。建物による氾濫流の遮蔽・回り込みを再現し、建物ごとの浸水深・流速・流向を時系列で可視化した。

この精密化により、「2階以上へ逃げる垂直避難も考慮した、より効率的な避難計画を検討できる可能性」が示され、ライフライン企業からは設備位置での正確な浸水深把握が高く評価された。「面」で捉えていた被害想定が「建物単位」へと解像度を上げているのが2026年の特徴だ。

※出典:国土交通省 PLATEAU「高度な浸水シミュレーション」ユースケースリンク

研究機関との連携で「災害対応」へ実装が進む

デジタルツインの活用は、シミュレーションから実際の災害対応へと踏み込み始めている。2025年には、PLATEAUを所管する国土交通省都市局と防災科学技術研究所(防災科研)が連携を開始。救助員が被災前の家屋の状況を現場で参照できる被災現場支援ツールや、気象・建物形状データに基づく除雪優先度算出システムなどの開発が進む。仮想空間での「想定」が、現場での「判断」を直接支える段階に入りつつある。

※出典:防災科学技術研究所(NIED)「3D都市モデルPLATEAUと防災科研の連携について」(2025年5月29日)リンク

5|市場はどれだけ伸びるのか

リスク分析市場は2030年に513億米ドル規模へ

こうしたリスク可視化の土台となるリスク分析(Risk Analytics)市場は、世界規模で拡大が見込まれている。調査会社MarketsandMarketsによれば、2025年の322.5億米ドルから2030年には513.4億米ドルへ、年平均成長率(CAGR)9.7%で成長すると予測されている(対象期間2025〜2030年)。

さらに気候・災害に特化した気候リスク分析(Climatic Risk Analytics)市場は、年平均成長率18.85%とより高い伸びが見込まれる。災害損失の拡大と、気候関連リスクの開示を求める規制圧力が、分析プラットフォームへの投資を後押ししている。

市場2025年将来予測CAGR
リスク分析(全体)322.5億米ドル513.4億米ドル(2030年)9.7%
気候リスク分析(高成長セグメント)約18.85%

※出典:MarketsandMarkets「Risk Analytics Market worth $51.34 billion by 2030」(レポートコード TC 2572、2025年4月25日)リンク

要点:可視化は「コスト」から「投資判断の前提」へ
建物単位の被害想定が出せるようになると、どこを補強し、どこに在庫を置き、どこから事業を再開するかを数字で決められる。リスク可視化は、防災コストではなく経営判断のインフラに変わりつつある。

6|建設・不動産・施設管理が取るべき3つの動き

「ハザードマップを見る」から「自社資産で試算する」へ

損保×AI×デジタルツインのリスク可視化が広がるなか、現場の事業者が取るべきアクションを3点に整理する。

  1. 自社・顧客資産の被害を「建物単位」で把握する:従来のハザードマップは地域単位だが、デジタルツインや防災ダッシュボードは建物ごとの浸水深・被害確率を出せる。所有・管理する施設や、施工した建物の災害リスクを定量的に説明できることが、不動産・施設管理の付加価値になる。
  2. 損保の防災サービスを設計・BCPに組み込む:cmapのような無料サービスから自治体向けダッシュボードまで、損保発のリスク情報は入手しやすくなっている。設計段階の浸水対策や、事業継続計画(BCP)の発動判断に、これらのリアルタイム予測を組み込む発想が有効だ。
  3. デジタルツイン対応を提案・受注の武器にする:PLATEAUのオープンデータや3D都市モデルを活用すれば、建設会社・設計事務所が「被害シミュレーション付き」で提案できる。可視化を扱えること自体が、自治体・企業の防災投資を受注につなげる差別化要因になっていく。

個別の防災製品を売る段階から、「リスクを数字で見せ、意思決定を支える」段階へ。2026年は、損保が握ってきたデータが、建設・不動産・施設管理のビジネス機会へと開かれていく年になる。

まとめ

この記事のポイント
  1. 2026年の防災テックの潮流は、損害保険会社のデータ×AI×デジタルツインによる「災害リスクの可視化」にある。
  2. 三井住友海上の「防災ダッシュボード」(2022年〜)は、地震を発生10分後・水害を30時間先まで可視化し、能登半島地震でも実被害に近い推定を実証した。
  3. あいおいニッセイ同和の「cmap」や東京海上のドローン・衛星×AI査定など、損保各社がリスク可視化と査定自動化を進めている。
  4. デジタルツイン(PLATEAU)は被害想定を「面」から「建物単位」へ精密化し、防災科研連携で災害対応への実装が進む。
  5. リスク分析市場は2030年に513億米ドル規模(CAGR 9.7%)へ拡大見込み。可視化は防災コストから経営判断のインフラへ変わる。

WiZNAVIでは、国土強靱化・防災DXに関する技術動向と、建設業・不動産・施設管理が取るべき実務対応を継続的に発信しています。デジタルツインによる被害想定の活用や、損保発リスクデータのBCP組み込みなど、自社の防災戦略の高度化にぜひお役立てください。

WiZNAVI 編集部

国土強靱化・防災ビジネスに特化した専門メディア「WiZNAVI」の編集チーム。政策動向、市場分析、補助金情報、導入事例など、ビジネスパーソンの意思決定に役立つ情報を配信しています。